花は踊る 影は笑う~加賀見少年の非凡なる日常~

 昨日、大泣きしているのを見ているだけに。また泣かれてはかなわないと、必死で千早の考えを否定して強引に部屋から連れ出す。自分と同じ顔の泣き顔など見たくはない。それにやっぱり……どんな相手であろうと、女の子に泣かれると、どう対処していいかわからなくなるから。ましてや相手と自分しか居ないこんな状況でそれだけは避けたい。
「千歳……」
 名前を呼ばれた気がしたが、聞こえないふりをして、猛然と研究所から出るとひたすらプレハブへ戻るために来た時と同じ道程を辿り早足で進む。
 来たとき以上に早く、歩くというより駆け足に近い速さで進む千歳に引っ張られて歩く千早の息が上がっているのが背中越しに聞こえてわかったが、それでもスピードを落とすことはしなかった。
 プレハブにつく頃には千歳自身、シャツにうっすら汗が滲んで息も荒くなっていた。
 ようやく足を止めた千歳の背中にむかい、
「ありがとう」
 小さく吐き出された言葉がやけに照れくさくて――千歳はしばらく息を落ちつかせるふりをして両手を膝に当てた姿勢のまま上体を起こさずに地面を眺めていた。
 
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