花は踊る 影は笑う~加賀見少年の非凡なる日常~

 昨夜ここに来てから一度も空腹を訴えていないが、そもそも目覚めてから一度でも食事をとったのだろうか。聞いた範囲内での千早の行動内容からしてそれはいまいち想像しにくい。けれどこうして目の前で食事を取っている様子を見て、がっついている様子はないし……特に空腹だったわけではないらしい。
 普通の人間なら二食も抜けば腹も減る。
『人でもないかもしれないな――』
 千早自身が、研究室で言った言葉が脳裏を過ぎって、千歳の箸の動きを鈍くさせた。
――まさか……な……。
 そう言ったときの千早の様子を思えば、それは千早が望む答えではない気がする。自分が千歳でないと理解した時点であれだけ泣いたのだ。人だと思い込んでいる自分がそうじゃなかったとしたら……
「そういや、綾人。どうだった?」
「ああ。そうそう。俺、結構頑張ったんだよ~。他校の知り合いにもメール送りまくったんだぜ」
 頼んでいた件を一応綾人に尋ねてみると、綾人はズボンのポケットから携帯を取り出して開いて見せた。
「ちゃーんと写真もつけて。こんな女の子知らないかってさ」
 待ち受け画面いっぱいに大きく表示された自分の姿を見て、思わず千歳は口に入れていたものを噴出しそうになったが、着ている服を見て、それが自分ではないと気付き、どうにか堪えた。映っているのは、今着ている黒い服姿の千早だ。今朝撮ったのだろうか。しかし何時の間に――

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