龍馬! ~日本を今一度洗濯いたし候~

「こうなりゃ天に祈るしかねぇぜ」麟太郎は激しく揺れる船の上で思った。日が暮れてからマストに自分の体を縛っていた綱が切れ、麟太郎は危うく海中に転落するところだった。 だが、麟太郎はどこまでも運がいい。なんとか船は伊豆下田へと辿り着いたのである。「船は俺ひとりで大丈夫だから、お前らは上陸して遊んでこい」
 麟太郎は船員たちにいった。奇抜なこともする。

 日米修交通商条約批准のため、間もなく、外国奉行新見豊前守、村垣淡路守、目付小栗上野介がアメリカに使節としていくことになった。ハリスの意向を汲んだ結果だった。 幕府の中では「米国にいくのは日本の軍艦でいくようにしよう」というのが多数意見だった。白羽の矢がたったのは咸臨丸であった。
 江戸にもどった麟太郎は赤坂元氷川下に転居した。麟太郎は軍艦操練所頭取に就任し、両御番上席などに出世した。
 米国側は、咸臨丸が航行の途中で坐礁でもされたら条約が批准されない、と心配してポーハタン号艦を横浜に差し向けた。
 万延元年(一八六〇)正月二十二日、ポータハン号は横浜を出発した。咸臨丸が品川沖を出向したのは、正月十三日だったという。麟太郎は観光丸こそ米国にいく船だと思った。 が、ハリスの勧めで咸臨丸となり、麟太郎は怒った。
 だが、「つくってから十年で老朽化している」というハリスの判断は正しかった。観光丸は長崎に戻される途中にエンジン・トラブルを起こしたのだ。
 もし、観光丸で米国へ向かっていたらサンドイッチ(ハワイ諸島)くらいで坐礁していたであろう。
 
< 47 / 115 >

この作品をシェア

pagetop