龍馬! ~日本を今一度洗濯いたし候~
勝麟太郎(のちの勝海舟)は咸臨丸に乗り込んでいた。
途中、何度も暴風や時化にあい、麟太郎は船酔いで吐き続けた。が、同乗員の中で福沢諭吉だけが酔いもせず平然としていたという。
「くそっ! 俺は船酔いなどして……情ない」麟太郎は悔しがった。
「船の中では喧嘩までおっぱじまりやがる。どうなってんでぃ?」
やがて米国サンフランシスコが見えてきた。
日本人たちは歓声を上げた。上陸すると、見物人がいっぱいいた。日本からきたチョンマゲの侍たちを見にきたのだ。「皆肌の色が牛乳のように白く、髪は金で、鼻は天狗のように高い」麟太郎は唖然とした。
しかし、米国の生活は勝麟太郎には快適だった。まず驚かされたのはアイス、シヤンパン、ダンスだった。しかも、日本のような士農工商のような身分制度もない。女も男と同等に扱われている。街もきれいで派手な看板が目立つ。
紳士淑女たちがダンスホールで踊っている。麟太郎は「ウッジュー・ライク・トゥ・ダンス?」と淑女に誘われたがダンスなど出来もしない。
諭吉はあるアメリカ人に尋ねてみた。
「有名なワシントンの子孫はどうしてますか?」
相手は首をかしげてにやりとし「ワシントンには女の子がいたはずだ。今どこにいるのか知らないがね」と答えた。
諭吉は、アメリカは共和制で、大統領は四年交替でかわることを知った。
ワシントンといえば日本なら信長や秀吉、家康みたいなものだ。なのに、子孫はどこにいるのかも知られていない。それを知り彼は、カルチャーショックを受けた。
カルチャーショックを受けたのは麟太郎も同じようなもの、であった。
のちの龍馬の師もそれだけ苦労した、ということだ。