朧気歌
……

何だろう…この、水中にいるような感覚。
フッと意識が飛んだ。

ぼやけた私の頭の中に、まるで投影機のように数々の場面が浮かんでくる。
真っ黒な髪にくしゃくしゃの笑顔。もしかして…慶太?

私と慶太は学校の昇降口のところで話している。これは、2人の出会いの場面なんだ…



2人は入学した当時、出席番号が隣でたまたま近くの席だった。そんな時、たまたま同じ委員会になってしまった。
しかも入学したと思ったらすぐに一大イベント。私と慶太は、そのため毎日遅くまで残る事になった。
その日の帰りだった。
「おい」
「はい?」
「これ、教室に忘れてただろ」
あまりのぶっきらぼうな口調にすこし腹が立ったような気がしたかもしれない。
「あ…ありがとう」
「もう遅いだろ、気をつけて帰れよ」
「うん」

これが2人の最初の会話だった。最後の気をつけて帰れよ、が妙に耳に残り、次の日も、その次の日もなぜか気になってしまった。
でもこれは、まだ始まりにすぎなかったんだ…


1週間後。
「桜井君、そこ届く?」
「もうちょっとで届きます」
「そこ飾ったらこっちもお願いね」
「はい」
みんなの空気はピリピリしてる。
慶太は脚立の上で精一杯背伸びして飾り付けをしていた。

「お~い、そこ危ないぞ!!」
先輩2人が大きな荷物を運んでいる。
その時…
ガタンッ!!!!!!

ペンキの缶を慌ててよけた先輩が、バランスを崩して荷物を落としてしまった。
急いで慶太は荷物の下に滑り込んで守った。
体を張った行動にみんな感心したけど…
「痛てッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
慶太は腕をかばって倒れこんだ。
「桜井君、どうしたの?」
「ここ…」
慶太は腕をまくって見せた。肘の下辺りに、ひどい内出血を起こしてアザが痛々しく腫れている。
「佐藤、誰でもいいから先生呼んで来い!!!!」
「はい!!!」
急遽私は駆り出された。


教室を出てすぐ見つけたのは、体格のいい男の先生だった。きっと体育を教えているんだろう。
この人なら、ケガに詳しいはずだ。
私はパニクりすぎて、何を言ったかほとんど覚えていない。
でも先生はすぐに教室に行ってくれた。
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