[妖短]空の境界線を越えて
五十嵐の手が頭に置かれた。

そのままゆっくり撫でる。


外ではミンミンゼミも泣いている。

一匹だけで。


庭の緑で光が翡翠色に染まってから部屋に差し込む。


もぅ。

気が済むまで泣いてしまえ。

ごめんね。五十嵐。



しばらくそうしていた後、

「ねぇ。神山さん」
五十嵐が優しく言う。


「これはね。昔俺が言われた言葉なんだけど…。

『好き』ってね。凄い事なんだよ。
才能とか向き不向きとか、そういうの全部置いておいて。
『好き』である事は凄い事なんだ」

蝉の声も私の嗚咽も綺麗に包んで、五十嵐が優しい声で言う。

「『好き』という事を誇りなよ。
『好き』という事は恥ずかしい事じゃないよ。
大丈夫。
神山さんが好きなら大丈夫」
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