索漠
俺は水平に構えた銃の照準を男の胸に合わせトリガーを引く。衝撃。硝煙の香り。俺は弾丸で弾け飛んだ男の胸にナイフを伸ばす。
「無駄だ!」
 男が最後の抵抗とばかりにナイフを繰り出したのを左腕で受け止め、倒れ込んだ男の胸に水平にしたナイフを差し込む。
「がぁあ!」
 ナイフは男の肋骨を避け心臓に届き、最後にナイフに捻りを咥える。肉を抉る感触。男が派手に吐血をする。
「て……てめぇ」
「簡単な罠に引っ掛かったな。光源は薄暗い月明かりだけだ。鏡に映り込んだ姿を本物と思うとは、間抜けも良い所だ」
 俺は手に持った紐を捨て絶命した男を見下ろす。
 カーテンの内側に人体模型を仕掛け窓際に等身大の鏡を設置する。後は反対側のロッカーに身を隠し、仕上げとして、部屋で見付けた実験用の紐を引っ張ってフラスコを床に落として男を誘き寄せ、最後にロッカーから飛び出す音を撹乱する為に残りのフラスコを落として踊り出ただけだ。
 月明かりと云う頼り無い光と、極度の緊張感が良い方向に作用した。派手な音と鏡に映った人影。反射的に防衛反応が働くのは当然だろう。俺は緊張の糸が切れた様にその場にへたり込む。
―これが人を殺すと云う事か……
 溜息を吐く。これで目的を果たす事が出来た。だが、心の中には何か言葉では云い表せ無い索漠とした思いが広がる。
 恨みを晴らす為に人を殺す。果たしてこの選択が正しいのだろうか。俺は胸に広がる澱にも似た苦い思いを抱き乍、善にも悪にも属する事の無い満月を見上げ、妻子に目的を遂げた報告をしてナイフを首に押し当てる。
「やっと、家族団欒が出来るな……」
 掻き切った首から血が溢れる中、脳裏に浮かぶ妻子の笑顔を思い浮かべ乍、俺は静かに黄泉の世界へと旅立つ事にした。
                                    了
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