リアル
坂部はそう云う判断の元、毎回会話を切り出す。
「掃除、やっちゃいますね」
「すまないね」
 田中は少し寂しげな声を坂部に掛ける。今年八十歳に成る田中には、一歳下の妻が居るが、坂部が担当した直後、食道ガンが元で入院し、長年連れ添った妻が居なく成ってからは、田中は一層老け込んでいると前の担当に教えられた。田中夫妻には子供は居ない。その為に、十分な妻の看護をしたくても出来ないと云う現実が田中を苦しめ、更に治療費と云う負担も田中を苦しめる要因に成っている。余命一年。医師から告げられた言葉を田中は妻に告げてはいないが、妻である梅子は、自分の身体がそれ程長くない事を本能的に悟り、主人と一緒に居たいと我侭を云う。
 坂部が請け負っている全ての家が、田中家の様だと云う訳では無い。だが、現実的には、生活に逼迫している家が多いのも事実だ。
「こう光さん、TV見ても良いかね?」
「少し掃除機で五月蝿いかも知れませんが、ノンビリしていて下さい」
 田中は、坂部の事を光さんと呼ぶ。子宝に恵まれなかった田中に取っては、坂部は息子の様に思えて仕方が無いのかも知れない。  
 坂部は手馴れた手付きで掃除をし、夕食の支度をしていると、背後からTVの音声が聞えて来る。
「さて、此処で最新ニュースです」
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