リアル
「ワシは妻の身体の告知を受けているが、妻は告知を受けとらん。じゃが、誰しもがそうである様に、自分の身体の事じゃ、薄々と何かを感じ取っているわい」
 田中の顔の皺が一層深く成る。夫婦として重ねた時の数だけ、深々と刻まれた顔の皺に、二人の絆の深さが現れている。
「無理をして生きる事に、本当に意味があるんじゃろうか?」
「えっ?」
「生きる事は正しくて、死ぬ事は間違っている。果たして、本当にそうなんじゃろうか?」
「それは……」
「寿命で死ぬ事は良くて、自分から命を絶ち事は間違っている。最近、ワシはその事ばかりを考える様になっての……」
 重過ぎる質問に坂部は上手く答える事が出来無い。社会の風潮と云うか、正しいと思われる思考は、自ら命を絶つ自殺は間違った選択肢だと云う考えが一般的だ。だが、その考えには大きな前提が抜けている。それは自殺を止める側には、自殺をしようとする者の全てを受け止める許容量が必要だと云う事だ。自ら死を選ぶ人の数だけ悩みは無限大にある。
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