リアル
末期のガンには治療法が無い。そう云われた時、ワシは眼の前が真っ暗に成ったよ」
「……」
 坂部は返す言葉が見付からず思わず沈黙してしまう。 
「まだ光さん程に若ければ、ワシもどんな手段を使ってでも妻の延命の為に尽力を尽くす決意をしたと思うんじゃが、如何せん、ワシらは何時お迎えが来ても可笑しくない年齢に差し掛かっとる」
「そ、そんな……」
「生まれた限りは間違い無く寿命が来て死ぬ。これは如何し様も無ない事実じゃ。その点では、ワシと妻は十二分に生きたと思うんじゃ……」
「悲しいこと、云わないで下さい」
 車内に沈黙が流れる。坂部はステアリングを握る手に力が入る。付き付けられた現実。田中夫妻の眼の前に立ち塞がる過酷な現状は、夫妻を静かに苛め抜いている。
「妻が痛みに苦しむ姿には、ワシは如何しても耐え切れんのじゃ」
「痛みを抑えるとかは出来るんですよね?」
「モルヒネで痛みを消す事は出来るが、ワシや妻の心の痛み迄は消す事は出来んよ」
「心、ですか……?」
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