リアル
「あら、こんな早くに現れるなんて、如何云う風の吹き回しよ」
 空のドアを開けると同時に、カウンターの中から気だるそうな口調でママが声を掛けて来る。
「近くに寄ったからね」
 スツールに腰を下ろす。相変らずBGM等は無く、自分の呼吸音すらも良く聞こえる。
「トム・アンド・ジェリー」
 簡潔に注文すると、ママは髪を掻き揚げ乍ら蓮っ葉な態度で話し出す。
「抱く女も居ないのに、トム・アンド・ジェリーを飲むの?大いなる無駄って所ね」
「身体を温めたいんだ、他意は無い」
 ママは肩を竦め、ラムとブランデーと卵の白身を熱湯でミックスする。このカクテルは、身体が温まるだけで無く精力剤にも成ると云う。ママはその辺りを暗に揶揄したのだろう。
手早くカクテルを作り、ママは眠そうに煙草を咥える。私は出されたカクテルを横目に話を切り出す。
「ママ」
「如何したのよ?」
「近々だが、此処に坂部と云う男が尋ねて来ると思うんだ」
「アンタを尋ねて来るの?」
「意外そうだね」
「アンタを尋ねて来るなんて、重明位なもんよ」
 ママは其処から、富田に対しての悪口雑言罵詈讒謗の限りを尽くす。ママの口振りから察するに、かなり酷い被害がある事は予想出来る。営業停止を武器にした理不尽な取引。恐らくはその辺りだろう。
「悪口は後に回して、本題に入るよ」
 私はママのマシンガントークを遮り、グラスを手に取りトム・アンド・ジェリーを一口飲む。ブランデーベースの為か、口中に濃厚な味が広がる。
「そう云えばそうね。それで、その坂部って子が如何したの?」
 ママが話を促す。私は坂部との出会いからの一連の流れを、時系列に並べて簡潔に説明する。ママは、時々質問をして来る位で大半の話は黙って聞いていた。
「厄介な問題ね」
 話を聞き終えたママが溜め息混じりにポツリと呟く。
「アンタ見たいに適当な感覚で生きている人間と違って、普通は簡単に割り切れる問題じゃないわ」
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