復習
復習
一章 日常
断続的な機械音が響く中、高濱将之は気だるそうな仕草でデスクに置かれている指示書を手に取り眺める。何時もの仕事を、当たり前の様にこなす。平凡では有るが、その平凡を維持する事が難しく、高濱は、波風の起きない人生を歩む為に、殊更気を使って生きて来た。デスクの上の指示書。この書類が意味する事は、零細企業に取っての宿命を示唆するに十二分の威力を持っている。
「納期は大丈夫、か」
 無造作に掴んだ指示書を片手に、高濱は機械の端に設置されているスチール棚の前まで歩き、棚の中から目的のインクを選び出しデスクに戻ると、デスク脇に石川秀明が待っていた。
「こんな所で油を売っていて大丈夫なのか?」
 高濱は、インクの缶をデスクに置きながら石川に問い掛ける。
「こっちは楽勝だよ。タカさんこそ、どんな感じだい?」
「徹夜コースは、意地でも回避したいな」
「印刷の色が出ないなら、諦めて朝陽を拝めば良いじゃないですか」
「三十代も終わりに近付いてるんだ、徹夜は勘弁って気分だよ」
「僕とそれ程変わらないでしょう?」
「同じ三十代でも、前半と後半じゃあ雲泥の差だ。肉体的老化が顕著に表れるのは三十代半ばからだからね。俺も、メタボリック症候群には気を使っているんだ」
「英語で云えばカッコ良いのかも知れないけれど、所詮は太り過ぎを揶揄しているだけですよ。平たく云えば肥満は身体に悪いってね。それに、年の話をすると際限が無い。過ぎ去った過去に囚われても意味は無いですよ。それより、仕事終わったら一杯如何です?」
「昔と違い、皮肉が上手くなったね」
「タカさんの性格が身体に染み込んでるんですよ。それより、如何です?」
「折角の誘いで申し訳ないけれど、今日は遠慮して置くよ」 
 高濱が辞退の意思を示すと、石川は肩を竦めて話し出す。
「毎度の事だけれど、タカさんは月末に成る程に付き合いが悪く成る」
「独身と既婚の違いだな」
「可愛い後輩の誘いですよ、一杯奢っても罰は当たらない」
「皮肉屋じゃ無ければ、奢っていたかも知れない」
「それじゃあ、今日飲みに行く事に成りますよ。僕は皮肉屋じゃ無くて、正直な気持を云っているだけですからね」
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