華の咲く場所
私が混乱で動きを止めている間に、「おや、紅藤様が迎えにいらっしゃったようですよ麗蝶様」

何事もなく・・・いや、なんだか私を早くこの場から立ち去らせようとするかのように不自然にちゃきちゃきとことを進めてくる。

「麗蝶・・・おや、まだそんな恰好をしていたのかい?」

「貴方の荷物は、僭越ながら私がまとめさせていただきました。女将からはとくに何もお達しはございません。さぁ、とっとと出て行って下さい。」

「では、いただいて行くよ」

「ちょっとまって、紅藤さま・・・!」

紅藤様まで、何か先走ったように私の言葉など聞こえていないかのように動く。

なぜ、別れの一言も言わせてくれないのか・・・紅藤様は、茶英が私に告げたことを理解でもしているのかようだ。

「さっさと出て行っていただかないと、次の一位の座のための準備が進まないのです。さあとっとと出て行って」

こんなときにも茶英は茶英なのね―――そんなことを思ったその時、私は世にも奇妙な、でもとても美しいものを見た。

「こんなところには二度と戻らず、幸せにおなりなさい。」

仏頂面しか見たことのなかった茶英の、ほほ笑みを見た。

「・・・!」

こんな近くに私のことを心配してくれる人がいたのだ、ということに、涙が出そうになる。

確かに、茶英は無愛想で、私に意地悪をたくさんしてきたけれど、そのかわり、たくさん気にかけてもらっていたような気がする。

私は底辺なのだから、女将からの言伝なんてほとんどあるわけがないのに、茶英はしょっちゅう私に意地悪をしに来たし、実際、他の底辺の女たちにも、どうしてそんなに茶英と仲が良いだのと聞かれたことすらあった。

もし紅藤様が現れずにいたとしても私は茶英の気持ちに応えることができるわけではないけれど、その気持ちが、無性にうれしく感じられた。

私を横抱きにしてさっさと歩いて行く紅藤様の肩越しに、どんどん小さくなっていく、さっさと出て行けと言ったわりにずっとこっちを見ている茶英に向かって、叫んだ。

「貴方も、幸せになるのですよ・・・!!」

茶英も、人間だったのだ、と、思えた瞬間だった。



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