愚者
愚者
第一章 罪 
夜風が頬を撫でる。私はジャケットの裾を直し、乾いたアスファルトの上を滑る様に歩く。狭い歩道には、うんざりする程に人が溢れ返っている中、私は買い物帰りの荷物を手に持ち家路を急ぐ。秋の夜長とは良く云った物で、時計は二十三時を越えた辺りを指し示しているが、街に溢れている人が減る気配は全く無い。人の数だけ染み出す欲望の数。男は酒と女に溺れ、女は如何にして男から金を引っ張るのか。夜の街には、そんな混沌とした欲望が溢れている。
 人ゴミの中、ガサリと手に持った袋が音を発てる。私は袋に入れている酒の肴である材料が人に当たらない様に気を付けて歩いていると、酔っ払いの青年が派手な動きで私にぶつかって来た。
「何だテメエ!」
 ビルが等間隔で並ぶ道の上。作業服姿の青年は、三文芝居に出て来るチンピラの様な台詞を吐く。私は絡み合う視線を外し「すまないね」と言葉を掛けて青年の脇をすり抜け様とすると、背後から肩を思い切り掴まれた。
「人にぶつかって無視する事は無いだろう?」
「君には耳が無いのか?」
「あん?」
「すまないと、謝罪の意思は示した筈だよ」
「けっ!」
 青年は唾を吐き捨て睨んで来る。身長的には180cmの私とそれ程大差は無い。遠巻きに見物人が集まり出す。今日の私は、如何やら運気が悪いらしい。
「こっち来いよ」
「後ろを見ると良い。警察官が君と話がある様だ」
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