愚者
誰も居ないと思っていた家の中に人の気配がある。葵はキッチンを覗くと、母が俯いてテーブルに座っていた。葵は珍しく居る母に驚き、その驚き以上に嬉しく成った。
「ただいま」
「お帰り。遅かったわね」
「うん。一緒に行った喫茶店に居たの。偶然マスターに会って、紅茶をご馳走してくれたから……」
「そうなの。良かったわね……」
 母の言葉は何処か焦点がズレた話し方だ。何かあったのだろうか。葵は母の事が心配に成るが、子供の自分が詮索をするのも憚られると思い自分の部屋に戻ろうとすると、背後から声を掛けられた。
「夕食、何が食べたい?」
「お仕事は大丈夫なの?」
「深夜からだから大丈夫よ」
「えっと、何か焼き魚とかが良いかな」
「分かったわ。用意しているからお風呂入ってらっしゃい」
「うん」
 母に食べたい物を告げて部屋へと戻り、バスタオルと下着を手に持ち風呂場へと行く。母の態度が何処か他人行儀に感じるが、詮索するのは如何かと思い、会話を合わせてしまった。
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