愚者
私は店のドアを閉めて振り返ると、関が空を見上げている。夕暮れの時間。突然不安な気持に成るのは私だけでは無いのかも知れない。私が緩やかに歩き出すと、後ろから関が付いて来るのが分かる。擦れ違う街の人の中に、関の云う壊れた感覚の人が居るかと思うと、確かに恐ろしい気分に成る。何時、加害者や被害者に成るか分からないのが現実だが、誰しもがその事を見ない様にしている。若しくは、その方が正しいのかも知れない。今を、明日を生きると云う動物的な本能は、今の日本では必要は無い感覚なのだろう。生きるだけならダラダラと生きる事は出来る。生きると云う事に対して、単純にして明快な闘争本能は必要無いのだろう。私は無駄な事を考え乍黙々と歩いていると、視界の端に見知った顔が見えた。
「二人揃って御出掛けか?」
「偶然と云う感じは受けないですね」
 富田が私達の前に立ち塞がる。だが、別段対立すると云う気配は無い。
「偶然だと云っても、お前さんは信じないだろう?」
「本質的な部分は、本人以外には分からないですからね。相手の本心を察する事等、詮無き事です」
「生意気な口は相変らずか」
「四十年以上この調子で生きていますからね。今更変わるとも思わないですよ」
 私が皮肉を云うと、富田が笑みを浮かべ視線を関に投げ掛ける。
「お前さん。最近色々な所で噂を聞くぞ」
「そら嬉しい限りですわ。ちょっとした有名人の気分ですな」
< 205 / 374 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop