アリィ
電話が鳴ったのは、そんな憂いが膨らんで手がつけられなくなった夕暮れのことだった。
「ゆっぴー、久しぶりー」
はずむ声に悪寒が走る。
初恋の人が記憶の中でだんだんと美化されていくというように、
しばらく会わないうちに私はアリィのことをますます嫌いになってしまったらしい。
ようやく慣れてきたと思っていたのに。
「いま部活から帰って来たんだ。明日からお泊まり会だよ、覚えてた?」
「うん……」
「アリィ待ちきれなくって、一週間も前から荷造りしてたの。もう、すっごい楽しみ。
でさ、明日なんだけど、十一時に駅前に待ち合わせでいい?」
「……いいけど」
「よかった!アリィ、ゆっぴーのお家初めてだから、明日しっかり道覚えようっと」
また、悪寒が走った。
「じゃあ、また明日ね。バイバイ」
「はい」
電話を切った。
焦点が合わせられなくて、その場に立ち尽くす。
なんだか、もう、明日がやって来ることさえ信じられない。
自分の家なのに、ここから逃げ出してしまおうかとまで考えてしまう。
でも行くところなどあるはずもない。
やり場のない気持ちが心臓を押しつぶすのでは、というほど膨れあがり息が苦しい。
「守らなきゃ……」
ふと、思い立った。
大切な本だけは、迫りくる魔の手から救わなければ。
私が母と共有できる唯一のもの。
私は大量の本を押し入れに押しこむ作業に取りかかった。