君が、イチバン。

その笑顔が、何を意味するのか分からない程馬鹿じゃない。
それ位、二人は違和感がなくて。おまえは来るな、と鰐渕さんに言われた言葉を思い出せばそういう事だったのかと思う。

一人でいられなくて、立ち上がれない。


吐き気のする心臓の痛みに、私は店を飛び出した。

いつの間にかザァザァと雨が降っていて、行くあてもなく立ち尽くす私を見つけてくれたのは、

「しいちゃん?」

驚いた顔をする瑛ちゃん。ぐしゃぐしゃの私の顔を見て、

「ずぶ濡れになったね」

と何も聞かず、優しく私を抱き締めて規則的に背中を叩く。

彼の腕の中で、私は声を殺して泣いた。

それから、瑛ちゃんに連れられて瑛ちゃんの部屋に行ってあったかいコーヒーを貰って、瑛ちゃんの緩い空気に纏われながら、気付けば眠っていた。



急に飛び出した私を店の人達も変に思うだろう。行きたくない、だけどケジメをつけなきゃと次の日店に行けば「若咲さんも体調悪かったんだね、大丈夫?あれから瑛太さん来てて。若咲さん、なんか変な態度とって色々ごめんね」と謝られた。瑛ちゃん何を言ったんだろう、あれだけ冷たい目をしていたスタッフの態度が申し訳なさそうな、むしろ少し怯えるような表情になっていて驚く。
「行きたくないなら休んじゃえ」なんて言った癖に、瑛ちゃんめ。

折角瑛ちゃんがフォローしてくれたのに、その日、私は鰐渕さんの顔も見ず、何の話もせず、荷物を纏めて逃げるように店を辞めた。

入口で偶然出会った、

「辞めちゃうの?寂しくなるわね」


と平然と言った奈津美さんの花が咲いた様な笑顔だけがいつまでも瞼に焼き付いていた。


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