君が、イチバン。
少しの沈黙の間、瑛ちゃんが「聞いてくれる?」と私の頭を撫でる。
「僕ね、しいちゃん。母子家庭でね、割と小さい頃から台所に立ってたんだ。案外好きでいつか店とか持ちたいな、って考えてた。子供の頃の話だよ?大人になって、そんな夢忘れてただいい会社に入って、ただ日々を過ごして、それで良いと思ってた。何にも不自由しないし、疑問にも思わなかった」
そこで言葉を止めた瑛ちゃんを見上げる。続きを話して、と服を引っ張った。
「…だけどある日。仕事周りでいつものように出かけた取引先でね、面白い子を見つけたんだ。仕事を任されなくて悔しくて仕方ないのに一生懸命笑う子。その笑顔がまた可愛くてね。なんでそんなに頑張るんだろう、って興味が湧いたら目が離せなくなって。毎日変化があるんだ。多分、漠然とした夢だったものが現実になっていく様子が。じゃあ僕も、って何か自分でやりたくなっちゃってね。幸い貯金もあったし気付いたらこの年にして調理学校に入学してたよ」
苦笑する瑛ちゃんはそれでもどこか嬉しそうで、自分の知らない瑛ちゃんになんだか胸がズキズキする。
「それからは、前に話した通り。地方の食堂で短期のバイトしたり、フレンチにイタリアンも齧ったけどやっぱり和食かなと思ったのは子供の頃の影響と、」
瑛ちゃんが私に笑う。
「美味しく平らげてくれるその子がいたから」
ズキズキと、胸が痛い。瑛ちゃんの事を知りたいと思うのに知りたくない、聞きたくないと思う。
その人が瑛ちゃんにとってどういう存在かなんて言わないで。