To Heart
戸惑いながら自転車を降りて、歩道の端に置き、彼女に傘を差し掛けると僕は

「マンションまで送りますよ」

と、それだけを口にした。

彼女は、どう見てもなにかがあったに違いなかった。

彼とケンカしたとか、別のショックなことがあったのか……

でも、それを尋ねてはいけない気がした。

今、なにを聞いても、彼女を余計に傷つけてしまいそうに思えた。

僕の言葉にハッと我に帰ったように、

「だ、大丈夫。ありがとう。雨が気持ちよかったから、なんとなくそのまま歩きたくなったの」

彼女はいつもの表情を無理して作り、今度はしっかりした口調でそう言った。

それは嘘に違いなかった。

一生懸命、なんでもないというような風に見せようとしているが、彼女の手は震えている。

「だけど……」

1人にしたら、危険だと思った。

このまま彼女を放って帰ったら、姿を見かけたときに感じたように、車道に飛び出してしまうのではないかという考えが浮かび、怖かった。

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