To Heart
僕はどうしても彼女に僕の傘を持っていって欲しかった。

今の彼女は、今にも消えてしまいそうな位、危うげに見える。

彼女が1人で帰りたいというなら、僕は彼女と別れた後に、道を回って彼女を後ろからマンションに入るまで見届けるつもりではいる。でも、彼女の家の中までは付いていくことが出来ない。

万が一家の中で彼女が「死」を意識してしまった時、僕の傘を見て彼女が僕のことを思い出し「傘を返さなければいけない」などと思いながら、気持ちを思い留まらせる物になれば。と思ったのだ。

僕の傘ごときに、そんな威力はないかもしれないし、馬鹿げた考えかもしれないが、その時の僕は藁をも掴む思いだった。

「でも! 持っていってください」

僕はグッと力を込めた眼差しでまっすぐ彼女を見つめそう言うと、彼女の手を掴み取り、強引に彼女の手にそれを握らせた。

初めて触れた彼女の手は、とても華奢で、とても冷たかった。


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