†Bloody Cross†


重苦しい雰囲気と、明らかな敵意に背筋を冷や汗が伝う。そちらを見ていなくても、ふたつの眼がこちらを見つめていると、気配で分かった。

「……覗き見か、冠咲」

響く低音と、俺を見下ろすグレー。威圧的なそれらに言葉を返すことが出来ぬまま、俺よりも幾分か背の高い担任を睨み付けるように見上げると、先ほどの教室の姿とは打って変わって緩んだ胸元が視界の端にうつり込んで。その首筋、鎖骨にかけて浮かぶそれに再び息を呑んだ。
十字架、純白と暗黒色の翼、鎖。異様な存在感を放つそれ。

「黒羽さん、忘れ物」

一点に釘付けになっている俺の耳に艶っぽさを含んだ女の声が響く。声がしたほうへ視線を滑らせると、生糸のようにさらりとしたプラチナシルバーが視界を淡く染めた。ついで見えたのは、ただまっすぐに担任教師のみを映す鮮やかなブルーの瞳。

「……別にこのままでもいいんだが」

「ダメよ。……一応“せんせい”なんでしょ?」

「そうだな」

“せんせい”の部分を強調しながら、ネクタイを受け取ることを渋る担任に女がからかうように笑い、担任も男の顔をして笑う。よく見れば、女は見覚えのあるこの学園の制服を身に纏っていた。妙な艶っぽさを放つ大人な女と不釣り合いなそれ。俺の存在になど気にもとめず、ただ担任のみを映す目元が、何故だかどこかで見たことがあるような気がした。

「……それに」





「なんで、俺が吸血鬼だって思う?何を根拠に、んなこと言ってんだ??」


永遠はあたしが根拠が無いことを言ったら言い逃げしようとでも思ってるのか、妖しく笑う。

自分が剣を向けられていることを忘れているのかしら……?

軽く剣を持つ右手に力を込め、首筋に軽く食い込ませても変わらない妖笑。


「永遠の名前よ。正確には"冠咲"という姓だけれど」


「俺の姓……?」


「そう、あなたの姓」


美しい顔立ちや並外れた聴覚だけなら、"ヴァンパイアである可能性"だった。

あたしにとって決定的だったのは……、


「あなたのことを書物で見たことがあったから、憶えていたの」


あたしは一時期、あらゆる書物を読みあさった時期があった。

何をすれば善いか分からずに、ヴァンパイアや人狼についての書物も手当たり次第読んでは実験を繰り返していたな……。


「でも、まさかあなたが来るとは思わなかった」


自分の過去を思い出すと、思わず自嘲的な笑いが口から零れた。


「だってこういうのは"裏仕事"でしょう?だから、"表仕事"専門の冠咲家の次期王位継承者のあなたにお目にかかれるなんて思ってなかったのよね」






吸血鬼族には純血種だけで構成される二大王族が存在する。

第Ⅰ王族"冠咲家"

気高い薔薇と最強の証の冠を象徴とする、主に"表"の仕事を担当する一族。

永遠はその一族の次期王位継承者だ。






「結構有能なんだな、魔術族って。まぁ、そっちから行動に出てくれて良かったぜ。こっちから探す手間が省けたからな」


さっきまで怯んでいたように見えた永遠の瞳には、いつの間にか強気で挑発的な姿勢が戻っていた。
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