†Bloody Cross†


はあ、と溜息吐き出し、溜息と一緒に雑念も消えてなくなればいいのに、なんて思っていると。ふ、と教室の扉に人影が映った。その扉の向こうには、クラス担任の気配が揺らいでいる。それと何故かもうひとり、この学園の生徒ではない気配があって──、

「……おーい、早く全員席に着け」

暫しの間ののち静かに扉が開き、どこか気の抜けた担任の穏やかな低音が騒がしい教室に響き渡った。説得力のある声に後押しされるように、あちらこちらでざわざわと会話に華を咲かせていたクラスメイト達が席に着きはじめ、他クラスの生徒は己のクラスへ戻るべく教室をあとにする。
さすがしか言えない、この影響力。この担任の低音は聞きやすく、声を張り上げなくても教室程度の広さなら容易に響き、尚且つ耳に障らないというもので。個人的にはすごくすばらしいと思うのだが、担任の彼は好きではないらしい。

「ねえ、せんせ!転校生くるってほんと?」

「男子がふたりってマジなの?俺、女子がよかったんだけどー」

「あたしは男子と女子がひとりずつって聞いたけど?え、違うの?」

「……ほら、静かにしろ。今からお前らの気にしてる転校生の話するんだから」

席には着いたても、やはり転校生のことが気になるらしく、好き好きに質問を重ねる生徒たちをさらなる一言で黙らせるとそっと溜息を吐いていた。眉間に皺がよっているところを見ると、廊下も此処とさして状況が変わらなかったのだろう。彼は愛想を振りまくようなタイプではないが、生徒からは人気があるのだ。疲れているように見えるのはそのせいだろう、と少しばかり可哀想に思えて、知らず知らず苦笑が零れた。

「あー……、ひとまず転校生は男がふたりだ。それ以上気になるやつは、他のクラス巡って探せ」

「何組かくらい教えてよー」

「それくらい、自力でどうにかしろ。ただ、まあ……転校生のひとりは今日から俺のクラスだ」

「えっ、うそ!」

「やだあ、どーしよー!」

途端に女子勢から上がる甲高い声に、耳を塞ぎたいという衝動にすら駆られた、のだが。そこはあからさまに嫌そうな顔をした、微笑ましい担任の姿に緩和された。まったく可愛らしいものである。

「入ってきていいぞー」

ざわつくクラスメイトに響くその担任の声を皮切りに、一度閉まり廊下と教室を遮断していた扉が再び開かれた。開かれたその扉から現したその姿に、再び発せられると予想された女子勢の奇声は感嘆の吐息に変換された。わたしも視線を担任から転校生へ向けると、やはりその姿は朝見た吸血鬼の片割れであった。チョークが黒板に当たるきれのよい音とともに、男性にしては綺麗な担任の文字が板上にその名を書き記していく。その間に先ほど見たそれと同様、気だるげな雰囲気を携えて、クラスメイトの視線を一身に浴びながら歩く漆黒。それにはやはり異様な美しさがあった。

「じゃあ、自己紹介」

書きおわると、そっと瞳を転校生に向け、自己紹介を促す。長身の担任と転校生に身長差はあまりない。

「……冠咲永遠だ」

担任の彼も大概無愛想に見られがちだが、わたしの目には“冠咲永遠”という存在はそれを凌駕する程の無愛想に見えた。口頭だけでも挨拶をしておけば少しはそれらしく見えるものを、つまらなさを全面に押しだしたその姿は、今までの彼らと少しばかり様子が違い、胸中に違和感が生じる。一目見ただけ、初対面で分かることはたかが知れているが、それでも。
これは、何に対しての違和感?目的のために必要な社交性が“冠咲永遠”にはないから?

「席は……、あの窓際の空いてるところだ」

社交性がなくとも目的はかわらないのだから、関係ないけれど。そういえば、“冠咲永遠”、記憶の端にひっかかる。一体どこで、何で……?


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