†Bloody Cross†


がたん、疑問に支配され思考に埋め尽くされていた脳内が、隣で響いた椅子の音に断ち切られ、わたしはふと我に還った。どうやら問題の転校生、もとい“冠咲永遠”はわたしの隣の席らしく、ちらりと視線をやるとちょうどこちらを見ていたらしい髪と同色の漆黒の瞳と目があい、少しばかり驚く。が、それを表情には出さず、何か用か、と暗に伝えるように首を擡げてみせた。

「……」

どうやら特に用は無かったらしく、スッとさりげなく視線はそらされ。わたしも転校生の話からSHLへ内容変更した担任に視線を戻した、瞬間。

「あんたから時計の音がする」

ほんとうに小さな呟き、きっとわたしにしか聞き取れないそれ。内容は別になんてことはないもので、ただの呟き。当たり前だ、わたしは懐中時計を常備しているのだから。だからと言って、普通はいくら耳がよくても、この時計の音は聞こえないはずなのだ。それがたとえ吸血鬼でも、聞こえないようにできている。そういう風に、わたしが造り直した。

「……校則違反だろ」

「“時計および時間の把握できるものは、何であれ着用を禁ず”。これはこの学園の生徒なら皆知っていること。故に、わたしも含め、誰も時計なんて持っているはずがない」

事実、誰も時計は持っていない、つまり違反者はいないのだ。わたしという例外を除けば。

「……そうか」

「……ええ」

視線は変わらず担任へ、耳は聴覚を研ぎ澄ませて密事のような会話へ。納得したのか否かは別として、“冠咲永遠”は聞き出すことをひとまずは諦めたように、クラスメイトの興味と好奇の入り混じった視線を受け流しながら視線を反らした。
何だっだろう……。彼に抱くのは疑問ばかりだ。わからない、ほんとうに。

「……ちょっと早いが、今朝のホームルームは終わりだ。チャイム鳴るまで大人しくしとけよー」

「さすが先生、やさしー」

「ねえ、永遠くん。どこから来たのー?」

ひとつひとつと増えていく疑問、悶々と頭を悩ませるそれらのせいで些か注意力が散漫になっていたらしく、SHL終了に気付いたのは唐突な騒がしさ故だった。群がる女子、つまらなそうにそれを眺める男子とその男子に捕まっている担任。大方、転校生の存在をよく思わない男子生徒に愚痴でも聞かされているのだろう。担任というものはなかなか苦労が絶えないらしい。

「転校してきたばっかりで、学校のこととか分かんないよね?学校案内するついでに、いろいろ教えてあげよーか」

「えー、ずるい。あたしもー」

……わたしも彼に愚痴でも聞いてもらおうか。ついでに是非とも席替えを所望したい。騒々しいのは好かないのだけれど。
どうやら男子たちと愚痴という会話を終了させた担任が、教室から出ていこうとするその後ろ姿にわたしもそっと椅子から腰をあげる、つもりだったのだが。手首にひやりとした感触を感じて、不覚にも足が止まった。


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