†Bloody Cross†
自身の手首を見ると、白い、けれど男らしい骨張った手が。
「……学校、案内してくれよ」
「……何故?」
こんなに人間の視線が集中してる中で、しかも人間の女子が大勢群れてきているなかでわたし?意味がわからない。うまく餌を集め、食事にありつけるいい機会なのに。
わたしをじっと見つめる暗黒色とわたしの黒が一直線を結ぶ。
「どうせ案内してもらうなら、俺はあんたがいい」
「……別に構わないけど」
「そうか。なら、放課後よろしくな」
素っ気ないわたしの返事に、気を悪くするでもなく、そっと離れた冷たい手のひら。予想していなかった吸血鬼からの接触に、反射的に自分の手首を撫でる。突然訪れた静寂は、考えるまでもなく、会話の渦中にいた転校生の予想外の行動ゆえなのだが、向けられる女子の視線のせいでわたしのほうがいたたまれない気分である。今日は本当に頭を冷やして来たほうがいいかもしれない。
「やっぱり永遠くんも美人さんがいーの?」
「……さあな」
「えー、ショック。ね、それならお昼は一緒に食べようよ!」
「あたしも一緒に食べたい!」
「……喰うのはひとりずつだ。うるさいのは好きじゃない」
根本的な欲求は揺らがないらしい。飛んで火に入る夏の虫、進んで餌食になりにいく彼女たちはまさしくそれだ。そんな女子の声を聞きながら、わたしは頭を冷やすべく教室をあとにした。
* * *
後ろ手で静かに重い扉を閉めると、すぐ隣から気配を感じて視線を向ける。そこには先ほど教室から出ていったはずの担任の彼の姿が。
「……大丈夫か。転校生に絡まれてたみたいだが」
「たいしたことないわ。よく分からない転校生だけど、絡まれた、というのは多分大袈裟ね」
わたしの姿に気付き、眉間に皺をよせながら言う担任に、先ほどの動揺を悟らせないように、無難に返答する、が。どうやらそれもお見通しだったらしい担任は、更に眉間の皺を深くしてしまった。どうも彼には隠し事ができないらしい。
「気をつけてくれよ、お嬢さん。あいつらが狙ってんのはあんたなんだからな」
くしゃり、不器用な彼らしく少しばかり乱暴に頭を撫でられた。そっと見上げると彼が長身であることが再確認される。手のひらも大きくて、どこか安心させてくれる。転校生の姿を見た瞬間から知らず知らず張っていたらしい肩の力が、すっと抜けていった。
「ありがとう。もう、だいじょうぶ」
「……そうか」
最後にぽんぽんと軽く頭を撫でて、歩きだす担任。その隣に並ぶと、彼はふっとわたしに少しばかりの心配と困惑、安堵を織り交ぜた苦笑を向けて、さりげなく歩調をあわせてくれる優しい担任とともに歩き始めた。