迷宮の魂

 東京都武蔵野市のアパートで起きた女性変死事件は、最初、現場に残された大量の血痕から殺人事件と思われた。しかし、検死の結果、死亡した女性は妊娠初期の流産によるショック性の出血死と判明し、更に、現場にあった大量の血の一部が女性のものとは違う事が明らかになった。

 ただ、発見された大型カッターに付着していた血痕から、何らかの事件性は否定できないとし、一応捜査本部が設置された。

 アパートの名義人を調べてみると、稲垣和也となっていたが、室内から検出された指紋を照合したところ、殺人の前歴がある佐多和也と判明。捜査本部は俄然、事件性を強く疑った。

 女性の直接の死因は、流産による出血でのショック死だが、ひょっとしたら同居していた佐多和也から何らかの暴行や危害を加えられていた可能性もあると考え、佐多和也を死体遺棄容疑の重要参考人として手配する事にした。

 カッターナイフの件に関しては、佐多が日頃現場作業などで本人が使用していた事も判り、また、大量の血痕が本人のものである事も鑑識からの報告で判明した。

 自殺を図ったが死に切れず、女性の死体を遺棄したまま逃走したのではないかとの見解を捜査本部は持った。

 いずれにしても、詳しい事情は佐多和也から聴かねばならない。

 この時点で警察は、直ぐに佐多和也を拘束出来るものと軽く考えていた。現場に残された大量の血痕から、そう遠くへは逃げられないだろうと誰もが高を括っていたからだ。

 しかし、佐多和也の姿は忽然と消えてしまった。

 唯一の収穫は、変死した女性の身元が山本智恵美、旧姓河村智恵美であると判明した事位であった。

 世間がバブルの真っ只中に突入していた昭和60年の事であった。







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