ぞうがめとかげろう
特別なあの日
百年前のあの日。

僕にとっては
三万六千五百分の一日


彼女にとっては
一生だったあの日


たった一日でも
僕は幸せだった。



あの日の朝十時


彼女はそこに現れた

僕がいつものように人間たちの好奇の視線を浴びるために
出ていったその場所に。

小さくてか細い体に力強い何かを持っていた彼女に
僕は心を奪われてしまったんだ。

安全な場所を教えてという彼女に
僕は自分の体の隙間を使わせてあげた。

ありがとう
優しいかた

これで残せるわ

残せる?
何を?

証しを
私の生きた証しを

生きた証し?
そんな
明日がないみたいなこと言わないでよ
せっかく
出会えたのに。

明日…

彼女は悲しそうな顔で言ったよ。


そうね
明日があれば


え?

僕は知らなかった
そのことを


私の命は一日だけ

だから生きた証しは
今日しか残せないの。


そんな!

たったの一日?
これからずっと
一緒にいられると思ってた

思ってたのに!

なんで
なんで!

しかたないわ
それが運命だから

運命?
運命なんて!


そのとき
ちょうど十二時になった。

一日の半分が

彼女の一生の半分が すぎてしまった。


半分…すぎたね。

そうね


そんな悲しい顔しないでよ
あなたはこれから
百年以上生きられるんでしょ。

楽しいことがたくさん待ってるじゃない。

でも
でも

あなたがいないんじゃ
楽しくなんか
楽しくなんか!


だったら
今楽しみましょ。

え?

今日があなたにとっても
特別なものになるように。
百年たっても
忘れないくらいに。






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