彼方,君へ。
夕月の帰り道
「はぁ・・・」

深くため息をついてみる。

今日はなんだかいつもよりも、眠い。どうしようもないほど、眠い。
足は鉛のように重く、どんよりと水分を含み垂れ下っている雲を見上げながら引きずるように歩く。

これから満員電車に乗るとなるとさらに憂鬱だ。この時間帯は学生とサラリーマンでごったがえす。あーあ、もうちょっと速く帰れる予定だったのに。

仕方なく押し入って上のつり革になんとかつかまった。
朝から補習学習で、授業やって、補習学習で・・・
眠い。電車の揺れがさらに眠りに誘う。
もう眠ってしまおうか。でも、こんな状態で寝ることなんかできるのだろうか。

あと少し、眠りにつく寸前でー

「ッ!?」

なんか・・・触られてる!?

おしりに手があてられてるのがわかる。
(まただ・・・)
初めてではなかった。なんでかあたしは痴漢に狙われやすかっくて、これまで何度かあっている。でも、今日はちがった。
いつもよりも執拗に触ってくる。その手つきに吐き気がした。
(いや・・・だ・・・ッ)
いつもはなんとか振り払って別の車両に逃げ込んだりできた。
でも今日は身動きがとれない。
どんどんエスカレートしていく手の動きを、止める手段もなく
手は、スカートの中にまで入ってきた。
「うッ」
耳元に生臭い息をかけられ、もう立っていられなくなった瞬間、

「すみませーん ここに痴漢がいまーす」

気の抜けた声が車両に響いた。

逃げようとする痴漢を、声の主が簡単に捕まえる。

「はーい。ちょっと待ってね。車掌さんよんでくるから」

パッパと電車からおりて痴漢を引きずっていく。あたしもなんとか降りたが、もう立っていられなくなっていた。

しばらく時刻表に身をうずめるようにしゃがんでいると、さっきの声の人が話しかけてきた。

「大丈夫か?」
その声にやっと顔をあげられた。
「あ・・・はい」
(あれ・・・?)
「覚えてるか?ほら、テニスラウンジで一緒だった垣本だぜ」
「えっ!?カキ?」
よく見るとそこには、3年前にテニス教室で一緒だった垣本誠人だった。




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