天使降臨
(『小説・堕天使無頼』改題)
「お腹空いてたの?」
「違います。でも……クッキーが山積みで美味しそうだなって。いえ、ああいうの作ってみたいなって、つい観察を」
サキは熱いコーヒーを飲んで少しは温まったのか、マフラーとダウンジャケットを脱いだ。
ジャケットの下はニットの水色のアンサンブルで、セーターとカーディガンには小さな白いビーズが点々と縫い付けられている。
夕刻近くなっても客足は途絶えないが、客層が堅気なカップルやファミリーになり、サキの服装も目立たない。
サキの私服は派手でも地味すぎもしない。
大きな目と長いまつ毛にはあまり派手すぎる服もメイクも日常には必要ない。
むしろサキのような清楚なタイプはシンプルで質の良いものが似合う。
アイボリーのカシミヤのセーター、無地のピンクのモヘア……。
本当の家柄の良い客たちはシンプルだが質の良い服を身にまとう。
「大丈夫なんですか。タダでお菓子や飲み物食べさせてて」
サキは心配げだが俺としては休憩より楽しい。
「心配するな。商談のフリすりゃいい。今日は混んでいるし俺は休憩に入る所だった」
「え? 休憩時間を」
「だから気にするな。休憩時間の話し相手が欲しかったところだ。クッキー、うまいか?」
「おいしいです」
ニッコリ笑うサキの、もっといろんな表情が見たくなった。
「クッキー、作れるのか?」
「実はまだオーブンが買えなくて」
がっくりするサキも可愛いが、イジメるにはかわいそうだ。
「よし。新車試乗してみるか」
「あの、私、車は」
俺はニヤリとワルそうなイタズラ小僧顔を作ってみせた。
「俺が試乗するんだよ。これから雪だとさ。送ってやる。
クッキー持ってくるから待ってろ」
サキは言葉を選びながらリスのようにサクサクとクッキーをかじる。
「どうせ客が食わねえんだ。新しいから心配すんな」
顔を上げたサキの口元をぬぐってやると
「そうじゃなくて」
と大きな瞳は言っていた。