甘味処[斬殺]
「祐樹、ちょっとカップ出してくんない」

「はいはい」

祐樹も立ち上がってキッチンに歩み、まるで自宅のようにスムーズに、食器類の入っている棚を開けた。そこで棗を振り返り、問う。

「なっちゃん、紅茶?」

「あぁ、そのつもりだったけど…祐樹、コーヒーの方がいいか?あと緑茶とか」

言って棗が振り返った時には、既に祐樹は紅茶を入れるに相応しいティーカップを二つ出していた。

「紅茶がいいよ。なっちゃんは紅茶が好きだからね」

軽くそう言って、祐樹は棗の隣に立ち、紅茶が入るのを待った。棗は嬉しそうに笑い、隣の祐樹の首に腕を回して抱き寄せて、締め上げた。

「この、可愛い奴めッ」

「ちょっと、なっちゃん。台所で暴れちゃ危ないよ」

抱き締められている祐樹は照れ隠しにそう言って、棗の背中をべちべちと弱く叩いた。嬉しそうに笑っていた。

しばらく経った居間には、炬燵に紅茶というミスマッチな光景が出来上がっていた。再び二人で向かい合って座る。祐樹は少し背中を丸めつつも正座。棗は胡座をかいている。

「なっちゃん、女の子ならあぐらは駄目だよ」

「あたしは正座すると、つま先から溶けるんだ」

祐樹は「ほんとに?」と笑いながら、何か大切なものを持つように両手でティーカップを持ち上げて一口飲んだ。甘いアップルティーだった。ティーカップを置いて、祐樹は棗に問い掛ける。

「なっちゃん、最近何か面白いことあった?」

「んー…特に、ないかな。祐樹は?」

少し考えて、煎餅をかじってから棗が問い返した。答える祐樹は、棗の目には少し切なそうに見えた。

「僕はいつも通りだもの。面白いことなんてないよ」

棗は、失敗した、と思った。祐樹にそう聞けばそう返ってくるのは決まりきっていた。
新聞で読んだ殺人事件の犯人が祐樹であることは、棗には容易に予測できた。ならば、祐樹自身にとって一番最近のニュースといえば、それだろう。何か話題を探させれば、当然それが出てくる。
祐樹は殺人に慣れてしまっているかもしれないが、少なくとも、思い出して楽しいものではないに違いない。棗は、結果的に祐樹にそれを思い出させた自分の浅慮を呪った。
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