TO-KO
トーコは、この屋敷の召使いだ。
いつだったか、アルフレッドが仕事からベルフェゴールの運転で屋敷へと帰ってくると、その屋敷の正門の前で艶やかな長い黒髪を散らして倒れていた女がいた。
思わず駆け寄り、ゆっくりと抱き寄せた。
『どうした!?大丈夫か!?』
すると、彼女は一瞬、眉に皺を寄せた後、ゆっくりと瞼を震わせて目を開けた。
その時、アルフレッドはまるで全身に電気が走ったようだった。
体中が熱を持った。
美しかったのだ。その彼女のうっすらと開いた蜂蜜色の瞳が。
この世界では有り得ない暖色系の色をした瞳。アルフレッドは、完全に見とれてしまった。
しかし、再び瞳は閉じられてしまった。そして、色を失った唇が薄く開いた。
『―――神、緯…』
かむいとそう確かに聞こえた。
人の名前だろうか、アルフレッドが住む地域では、あまり聞かない響きの言葉だった。
『おい、』
アルフレッドが肩を抱いて揺さぶろうとした。
だが、それを後ろから誰かが止めた。
驚いて振り返ると、専属運転手のベルフェゴールがアルフレッドの肩を掴んでいた。
『無理に動かさない方が良いかと、』
端正な顔立ちで尚且ついつも氷のような雰囲気を醸し出しているベルフェゴールが、珍しく他人を気にかけた。
そんな彼の綺麗な白髪が、夕日に照らされて橙色になっていた。
それが、先程の少女の瞳と重なって更に、その美しさを認識した。
『アルフレッド様?聞いてます?』
『えっ、あ、いや…すまない』
『ですから、この人は屋敷に運んでよろしいですか?とお聞きしたんですよ』
『あっ…、そうだな。事情は分からないが、すごく辛そうだったし』
再びアルフレッドは、腕に抱えた少女を見つめる。やはり、目を閉じていてもどこか神秘的で美しい。長い黒髪が、顔にかかっているのを優しく除けてやる。
『では、私が。開いている客室でよろしいですね』
『ああ、よろしく頼む』
スルリと、少女の体が腕の中から抜けた。ベルフェゴールは、少女を抱えた後屋敷へと消えていく。何故か、アルフレッドは少女の少し冷たい体温が名残惜しかった。