揺れる
 雨が降ると、自然とあの頃の記憶が呼び覚まされる。



 あなたが悲しみに暮れていると、私はゆっくりと傘を差していた記憶。



「ありがとう」



 そう呟くように言う力のない言葉に、私は胸を締め付けられるような気分になった。



 傘を差すたびにあなたのその言葉を聞き、私は幾度となく落ち込んだ。



 あなたの為にある傘のはずが、あなたに必要とされていないと、最初からわかっていたからだ。



 わかっていたから、悲しい気持ちを顔に出さないようにして、傘を持っていたのだと思う。



 わかっていなければ、随分と早くにその傘をどこかに捨ててしまっていた。



 そして違う誰かの為に傘を作って、右手に握り締めていたと思う。



 考えてみれば、そうした方がずっと楽だった。



 あなたと私の距離は、傘を差しても縮まることはなかったのだから。
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