純愛ワルツ
「あの、話したい事があるので中に入れてもらえませんか?」


「え?…あ、あぁ」




鍵を開けてドアを開き、胡桃を招き入れると


胡桃は脇目もふらずベッドに腰を下ろし、俺を見上げた。





「…胡桃?」


「…嘘でもいいんです。ううん、嘘がいい。“愛してる”と言ってくれませんか?」




恥じらうでも自棄になるでもなく

胡桃はそう言いのけた。






「キスもして欲しいです」


「…やめろ、胡桃」


「欲を言えば……抱いて欲しい」


「胡桃っ!!!!」




黙らせる為に胡桃をベッドに押し倒すと、胡桃はギュッと俺の体に抱きついた。




嘘でいいとか

キスしろだ、抱けだとか



どうしてそう
簡単に言うんだよ。




俺がどうして今まで何も言わなかったのか、キスさえしなかったのか、分からないのか?






「…愛してる」


「ありがとうございます。私、もう…何も思い残す事はありません」




違う、違うよ胡桃。



俺は嘘で言ってるんじゃない。





「愛してるよ、胡桃」


「…ありがとう、茜くん」




どう伝えれば

胡桃に全部届く?




どうしたら

確実に離れていく胡桃を繋ぎ止められる?






「茜くん。…最後に…キス、してくれませんか?」


「――っう!!…うああああぁぁあああぁあぁ!!!!」




どうして

どうしてだよ…。





簡単に伝えないとカッコつけて

胡桃が泣くほど喜ぶロマンチックな演出を考えて


言葉もキスも
おあずけにしてきたのに



どうして
こんな場面で伝えなきゃならないんだよ。



どうして
こんな悲しい結末にしかならないんだよ。





今の俺には

触れるか触れないかのキスが

精一杯だった。
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