前略、肉食お嬢様―ヒロインな俺はお嬢様のカノジョ―

03. 忘却の彼方の記憶




――夢を見た。



それはまだ俺が小さい頃の夢。 

どういう夢だったのかは具体的に憶えていないのだけれど、夢の中の俺は殺風景な公園の遊具ジャングルジムで遊んでいた。


平然と高いところによじ登る夢の中の俺には、まだ高所が恐怖だという気持ちが芽生えていない。

ジャングルジムの上に乗って、ぎこちない手付きで組み合った鉄の棒を渡り、ひとりで楽しく遊んでいた。


ひとり?
いや、その夢の俺は誰かを待っている様子だった。


早く来ないかな、なんて口にしながらジャングルジムを渡っている。


夢の中の俺は誰を待っていたんだろう。



ふと夢の中の幼い俺が公園向こうの道路に目を向ける。


あ、来た来たとばかりに喜びが胸を占めた、


刹那、道路向こうから甲高いブレーキ音と悲鳴と物音と沢山の音と同時に俺はジャングルジムから足を滑らせて地面に真っ逆さま。


場面はテレビの砂嵐みたいにプッツリと途絶えた。


ザァ、ザァ、ザァ……暫く砂嵐が続いた後、場面が晴れて“今”の父さん母さんが俺の前に現れる。


夢の中の俺は“前”の父さん母さんを探すんだけど、まったく見当たらなくて。


寂しくて不安で恐くて、どうしようどうしようと焦っていたら、今の父さんが俺にこう言った。涙ぐみながらこう言った。



『空くん、よく聞くんだ。今日から空くんはうちの子だ。今日から私達が君のお父さん、お母さんだよ』




――そう、この時にはもう、父さん母さんは交通事故で死んでいた。


父さん母さんが交通事故で亡くなったって理解するには、よく分からなかった夢の中の俺は「ん?」と首を傾げていた。


だって俺にはもう父さん母さんがいるよ、そう思っていたんだけど、口にも出したんだけど、“今”の父さん母さんは何度も言った。


今日から空は自分達の息子だって。


何が何だかよく分からなかった夢の中の俺は不安も恐怖も忘れて、ただただ呆然と戸惑いを覚えていた。


ほろり、ほろり、小さな涙粒が溢れたことも、夢の中の俺は気付かなかった。


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