前略、肉食お嬢様―ヒロインな俺はお嬢様のカノジョ―



願い想う十日目のある日の昼休み。


俺はいつものように階段に直面してしかめっ面を作っていた。

目的は下りることにあるんだけど、下りるは上るよりも精神力を使う。



さてと、どうしようか。



廊下ですれ違い際に担任にプリントを取って来いと言われ、職員室に行かないといけないんだけど……今の俺はぼっち。フライト兄弟と一緒じゃない。


鈴理先輩にLINEしようかな。

多分、今は教室にいるだろうから。


いやいやでも、ひとりでこれくらい乗り越えないでどうする。

いつまでも階段怖いよウェーンとか、情けないにもほどがあるぞ!


全国の女性諸君にアンケートをとったら、絶対に俺は【情けない・へたれ・意気地なし】の三拍子でレッテルを貼られるに違いない。

高所恐怖症を治したいなら、ちったぁ努力して階段を自力で下りてみせないと!
 

ゴクリと生唾を飲んで、俺は手摺を両手で掴み、そろそろーっと段に足を掛ける。

ドッと冷汗が出てきたけどダイジョーブ。

なんてことのない段なんだ。

恐怖心? ナニソレ美味しいの?


さあ行け俺。下りちまえ。

入学当時の俺は平然と階段を上り下りができていたじゃないか! これきしなんてことない。


ちょんちょんと爪先で段を確かめて一段、また一段下りる。



――空くん、今日から君はうちの子だよ。



脳裏に聞こえてきたのは若い父さんの声。


ぐらっと視界がぶれた。

心臓を鷲掴みされたような感覚に陥り、動きを止めちまう。

ひゅうひゅうっと乱れる呼吸を無視して下りようとするんだけど、体が動かない。


やっべ、こんなんで挫けてどうするよ。早く階段を下りないと。



――空さん、貴方のせいじゃないのよ。貴方のせいじゃないんだから。



血の気が一気に引く。

ドッドッドと鳴り響く鼓動がまるで俺を責め立てるよう。

思い出すな、思い出すな、何も思い出すな。

こんなことでこんなことでへこんじまったら、父さんや母さんが心配しちまうじゃないか。


向こうの父さん母さんだって、俺が落ち込んでいるなんて望んでいない。


繋いだ命を大切に精一杯に生きろって言うに違いない。


だから、俺は今までどおり生きる。

繋いだ命を大事に、死んでしまった父さん母さんの分まで。


育ててくれた父さん母さんにも沢山恩返しもしないと。


ネガティブとか論外だ。


< 350 / 446 >

この作品をシェア

pagetop