前略、肉食お嬢様―ヒロインな俺はお嬢様のカノジョ―
願い想う十日目のある日の昼休み。
俺はいつものように階段に直面してしかめっ面を作っていた。
目的は下りることにあるんだけど、下りるは上るよりも精神力を使う。
さてと、どうしようか。
廊下ですれ違い際に担任にプリントを取って来いと言われ、職員室に行かないといけないんだけど……今の俺はぼっち。フライト兄弟と一緒じゃない。
鈴理先輩にLINEしようかな。
多分、今は教室にいるだろうから。
いやいやでも、ひとりでこれくらい乗り越えないでどうする。
いつまでも階段怖いよウェーンとか、情けないにもほどがあるぞ!
全国の女性諸君にアンケートをとったら、絶対に俺は【情けない・へたれ・意気地なし】の三拍子でレッテルを貼られるに違いない。
高所恐怖症を治したいなら、ちったぁ努力して階段を自力で下りてみせないと!
ゴクリと生唾を飲んで、俺は手摺を両手で掴み、そろそろーっと段に足を掛ける。
ドッと冷汗が出てきたけどダイジョーブ。
なんてことのない段なんだ。
恐怖心? ナニソレ美味しいの?
さあ行け俺。下りちまえ。
入学当時の俺は平然と階段を上り下りができていたじゃないか! これきしなんてことない。
ちょんちょんと爪先で段を確かめて一段、また一段下りる。
――空くん、今日から君はうちの子だよ。
脳裏に聞こえてきたのは若い父さんの声。
ぐらっと視界がぶれた。
心臓を鷲掴みされたような感覚に陥り、動きを止めちまう。
ひゅうひゅうっと乱れる呼吸を無視して下りようとするんだけど、体が動かない。
やっべ、こんなんで挫けてどうするよ。早く階段を下りないと。
――空さん、貴方のせいじゃないのよ。貴方のせいじゃないんだから。
血の気が一気に引く。
ドッドッドと鳴り響く鼓動がまるで俺を責め立てるよう。
思い出すな、思い出すな、何も思い出すな。
こんなことでこんなことでへこんじまったら、父さんや母さんが心配しちまうじゃないか。
向こうの父さん母さんだって、俺が落ち込んでいるなんて望んでいない。
繋いだ命を大切に精一杯に生きろって言うに違いない。
だから、俺は今までどおり生きる。
繋いだ命を大事に、死んでしまった父さん母さんの分まで。
育ててくれた父さん母さんにも沢山恩返しもしないと。
ネガティブとか論外だ。