西本と安藤一志
うちの学校は購買がない。
生徒達はだいたい弁当を持ってきて昼食を摂っている。
昼休みに教室に居ることは滅多にないが、今日は教室で作業していた。
忙しくペンを握った手を動かしている俺の口に生徒達が遊び半分に弁当のおかずや千切ったパンを押し込んでくる。
高校一年生と言えば生意気盛りだが、俺は教師のなかでは生徒達と一番歳が近く、友達感覚で接しられてもどうとも思わない質なので今のところトラブルもなく親しくやっている。
「先生、美味しい? これ私が作ったんだよ」
女子生徒が卵焼きの評価を期待して尋ねる。
「うん。美味い。料理上手いんだな。ありがとう」
自分から聞いといて照れているその子は周りの子から冷やかされている。女子のかん高い声と、早々に食べ終え走り回る男子で教室は賑やかだ。
西本に目をやると、彼も食事中だ。
入学してからひと月が経とうとしていた。高校で出来た友人達との仲も親密になり、大勢で楽しそうにしているが、やはり安藤とは向かい合って特別仲が良さそうに見える。
安藤は割りと黙々と食べているが、ふと西本を見ると口元に手を伸ばした。
西本の口に付いたご飯粒かなにかを取ってやって、自分の口に入れた。
西本は小動物のように頬張ったものを咀嚼しながら眼で礼を言ったふうに見えた。西本を見る安藤の吊り上がった眼は優しい。
こうやってみれば穏やかで他の生徒と何ら変わらない生徒だ。
入学式の日に西本に死んで償ってくれと迫られて以来、あのようなことはなかった。
このままなにもなくあのことについては終わってしまうのだろうか。それで西本は良いのだろうか。俺は罰を受けないままで良いのだろうか。
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