散らないサクラ


生まれて始めて此処に生きることを許されたような気がして。

ここにいるのが獅堂秋羽なんだ、と、胸を張れるのを許された気がして。



「さよなら、母さん」



俺、獅堂秋羽は、アンタの子供に生まれてこれて、幸せでした。



瞳を閉じるのと同時に、母さんの幻影がすっと消えていく。

最後に残ったのは暖かい光りと熱。



あの人の、愛情。




完全に赤い世界が俺の中から消滅する音を感じ、ゆっくりと意識を手放した。





目覚めた時、そこにあったのは弥生の優しいぬくもりと笑顔。

その顔が涙が出るほど安心して(泣かなかったが)、弥生の体を引き寄せた。

そんで、“母さんに会った”って言うと、



『羨ましいねぇ。あたしも母さんに会いたい』



なんて、素っ頓狂な返答が帰ってきた。

でもそれが弥生らしくて笑えば、弥生も小さく笑った。





もう赤の世界は追ってこない。

迫り来る恐怖に掻き立てられることもなく、母さんに許しを請うこともない。

世界はゆっくりと正常な鼓動を取り戻し、そしてそれが日常に戻ろうとしている。







さよなら、母さん。



さよなら、真っ赤に染まる罪悪感の世界。









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