向こう岸のきみ【掌編】
あれは、遠い昔彼をここに連れて来た者達の言葉だ。
かすかに覚えている、生まれ育った地から、彼を連れ去った者の声と同じ。
「…オレはまたどっかに行かにゃあいかんのか。」
彼女に聞こえないよう、ぼやいた。
しばらく沈黙した後…彼は、おもむろに彼女に尋ねた。
「なあ、あんた。そういや名前はなんてんだい?」
今まで、二人きりの河原で互いの名前は必要なかった。
――もし離れてしまうなら、名前が知りたい。