ヒレン
智子が離した手を秀明は掴んだ。そのまま顔を近づけると、智子の額にそっと唇が触れた。


「大丈夫。人のことより自分の心配をして」


何事もなかった表情(かお)をして腕を振りほどき、残っていた本を拾う姿が記憶の扉を叩く。



「送る」


足元の本を手渡しながら智子の瞳を真っ直ぐ見る。わずかな沈黙、首を横に振った。

その表情(かお)に言おうとした言葉を飲み込んだ。


「先に帰ります」


最後の1冊を智子に渡し、後ろ手でドアを閉めると、秀明は部屋を後にした。

< 20 / 170 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop