真っ黒な背表紙の本
一冊
いらっしゃいませ。男性ですか、女性ですか。もっともアナタはアナタゆえに、〝アナタ〟なのです。

そう、〝アナタ〟はアナタだ。

よろしいでしょうか。

とある日、アナタは本を買いに本屋へ行きました。

いいえいいえ。ビニールに包まれた綺麗な新品ではなく、中古本です。

一冊の値段は、棚によっては百円を切る店でした。

特別に新書への興味がないアナタはこの店の常連であり、週に二度三度ほど来ては毎回、棚という棚の右から左、上から下をじっくり、舐めるように見て回るのです。

常連ともなれば書棚に並ぶ本のタイトルや、数多の背表紙が織り成すモザイク柄も見慣れたはずでしょう。

ところが、アナタは、明らかに自分の記憶しないものを見つけるのです。

それは、肩身狭しと並んだ中の、少々左下寄りの位置。

タイトルのない真っ黒い背表紙の本が、一冊、ありました。

あまりに真っ黒なのでそこだけ、手に取ってはいけないと警告するように、へこんでさえ見えました。

アナタはいよいよ首を捻ります。

こないだは、なかった。

とはいえ、ここは古本屋なのです。だれかが売ったものならば、見覚えのない本があってもおかしくはないでしょう。
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