童話少年－NOT YET KNOWN－

狂気と空気

“それ”を、茫然と見つめたまま、しばらくの時間が過ぎた。
涓斗の左手首でその存在を派手に主張する腕時計が、液晶に映るデジタル文字をもう５回は進めただろう。
何を言えば、どんな反応を、どんな表情をすれば、この衝撃とも驚愕ともつかない、両方が綺麗に混ざり合ったような感情を表現できるのか、わからなかった。

そうして我に返ったのは、背後で瓦礫の欠片がぱきりと、小さく音を立てた時だった。
ほんの微かな音にも敏感に気付けるほどに、言葉を失っていたのだ。

そして自分達しかいないはずの廃工場でした物音に、咄嗟に振り返って正体を確かめたからといって、あの感情から抜け出すことに成功したわけではなく、むしろそれは逆効果以外の何でもなかった。

そう、逆効果だったのだ。
彼を視界に認識したことは。

「こんばんは。」

くすり、笑う、昨日振りに見る顔。
ここにいるはずもなければ、ここにいる理由もこのタイミングでいる意味も、全くもって理解できない。
しかしやはりいつもの、全ての人、それどころか全ての物事を小馬鹿にしたような、それでいて見る人によっては穏やかで爽やかとも捉えられる笑みを浮かべ、彼は立っていた。

涓斗がようやく発した声は、普段の余裕も感じさせないほどに掠れている。

「……なんで……、佐津賀…………!?」

それを聞き留めた彼──雉世は、いよいよ、不敵な笑顔を色濃くした。