獣~けだもの~
 

 そう。

 遮那王と出会ったときには、既に弁慶の従者で。

 武蔵坊、と言えば皆が思い浮かべるほどに、見事な体躯の弥太郎が。

 館の門前に両手を広げて立ちつくしていた。

 六尺五寸のその身には、無数の刀傷があり。

 また、更に多くの矢が刺さり、傷から地を滝のように流していた。

 他の遮那王の従者が死に絶えて。

 たったひとりで五百の騎馬と戦い、矢を受け止めた、壮絶な漢(おとこ)の姿が、そこにあった。

「弥太郎!!!」

 あまりの光景に、誰もが言葉を失った奇妙な、静寂の中。

 ただ一人、喉も裂けよと絶叫した弁慶の声に。

 誰が見てもその命が、消えかけていると見える漢が、ゆらり、とその首(こうべ)を上げた。

「……べんけい……さま」

 まだ、生きて『は』いる。

 と。

 かろうじて判るささやき声に。

 弁慶もまた、声を失った。

 それでも。

 血を流しすぎ、青ざめた弥太郎の顔は、笑っているのか。

 こうなる前に、何人も黄泉路に送り、返り血も存分に浴びた、弥太郎の表情は悪鬼のごとく凄惨で……しかし。

 どこか穏やかにも見えた。
 
< 31 / 40 >

この作品をシェア

pagetop