獣~けだもの~
 
 弥太郎は、弁慶と同郷であったが、もとからの従者ではなかった。

 幼き日。

 実母に疎まれ、父に殺されかけた弁慶が。

 寺に追いやられたその日にはじめて、出会った。

 自分の従者にさえ劣る、粗末な着物を着せられ。

 まるで、猫の仔を捨てるかのように。

 寺に預けられる様子を、落ち葉を掃きながら、弥太郎は、呆然と見てた。

 見知らぬ場所で怖いだろうに。

 絶対に泣くものか、と。

 大きな瞳を見開いて、境内の天井を睨んでいる弁慶を見て。

 身体ばかりが大きくて、気の弱い弥太郎は、初めて、自分の意志で将来(さき)を見た。

 弥太郎は、いつも弁慶の側に居ようと決めたのだ。

 命を賭けても、必ず守る、と決めたのだ。

 それは。

 不器用な弥太郎の、声無き決意で。

 今まで、言葉になどには出さなかったが……

 弁慶に代わって門前に立ち、敵の攻撃を一身に受けてなお、笑う。

 思いは、ここで、確かに届く。



「弥太郎……!」



 弁慶は、自分の生き様に後悔はしない、と誓ったはずだった。

 しかし、この。

 一途な思いを巻き込んで、それでも。

 進んで良かった夢だったのか……!





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