獣~けだもの~
 遮那王のために。

 弥太郎のために。

 そして、自分のために。

 命の消える、その時まで、わたしは、走り続けてやる……!

 弁慶は、かかった血をぐい、と拭いて、叫んだ。


「さあ、次に死にたい奴は、誰だ……!」


 血に染まった一匹の獣の咆哮に。

 館を取り囲んだ、武者たちは。

 まるで、見えない壁に阻まれたかのように。

 その、迫力に押されて、皆一歩下がった。




 ……

 
 昔語りをいたしましょう。

 祇園精舎の鐘音響く

 昔々の、夢がたり。

 命を賭けたその想いも、ただ

 儚く散って、春の夜の夢のごとし。

 それでも確かに。

 歴史の隅に。

 時間の陰に。

 確かに獣は、生きていた。

 ……

 
「いざ、参る」

 血に濡れた、長刀という爪を牙を閃かせ。

 まるで、飛ぶように戦場を駆けぬける獣に。

 もう、一点の迷いも、後悔もなかった。

 




     <了>

H22.7.7.am3:24
読者数/6
PV数/758







< 35 / 40 >

この作品をシェア

pagetop