獣~けだもの~
 立ったままの大往生と言う。

 弥太郎の壮絶な死に。

 言葉を失っていた、敵の者たちは。

 六尺五寸の大男の前に飛び出して来た、小柄な。

 一輪の花のような武者に。

 戸惑ったように顔を見合わせ。

 腹を抱えて大笑いした。

 可憐な弁慶を莫迦にしたのだ。

 そんな死体の前で、長刀を構えるより、夜伽(よとぎ)でもせよ、と。

 不用意に弁慶に近づいた、一人の武者が。

 次の瞬間。


 首と胴とを切り離されて、どう、と、倒れた。

 弁慶の長刀が、一閃したのを。

 正確に見ることが出来た者が、何人いたのか。




 ぱ、たたた、と。



 突然降った、鉄さび味の紅の雨を浴びて、弁慶は、言った。

「わたしを、侮るなよ」

 迫りくる死に向かい。

 弁慶は、不敵に笑った。

 絶対に、後悔はしない。

 そう、誓ったのだ。
 



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