獣~けだもの~
 一触即発の緊張の糸ををはらんだまま。

 それでも、かろうじて静かだった屋敷の外が、急に騒がしくなった。


 わぁっ!

 がしゃ がしゃっ!


 意外に近い場所から、怒号に近い歓声と、鎧同士があれ会う音。

 そして、ほどなく剣同士が触れ合う、高い金属音が響いて来た。

 それは、義経の首を狙う藤原の郎党たちが、衣川の館の敷地内に押し入った合図だ。

「……!」

 その物音に弁慶は、さっと頭を上げて義経と顔を見合わせると、深々と一礼した。

「とうとう、最後の時です。
 これにて、御免」

「ああ、そうだな。
 弁慶よ、今まで世話になったな……武運を祈る」

 いっそ、素っ気なく聞こえるも、万感の思いを込めた、義経の最後の言葉に。

 弁慶は、どん、と、長刀(なぎなた)を床について応えると、きり、と頭をあげた。

 その表情に、一点の迷いも、曇りもない。


 死を前にして、恐れを知らず。

 意志を貫く弁慶もまた。




 一匹の獣であったのだ。




 

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