偽りの仲、過去への決別
婦長は松山が困っているのが楽しかった。今までの事を後悔させてやろう。婦長には、松山の父、松山先生の事が一瞬頭をよぎったが、松山先生は婦長の事は忘れていた。だから安心して松山に対することができた。 「さあ~そこの男の子から名前をいいなさい。」 婦長は洋二を指名した。 洋二は婦長に名前と住所それから、「前にうちの祖父がお世話になりました。」 と言った。 すると婦長は息を詰まらせ考えていた。
婦長は洋二の顔をまざまざと見た。確か特別病棟に入院していた洋二の祖父のことは覚えている。町の有力者で病院関係者は皆、緊張の連続だった。その時確かいつも男の子がいた記憶が蘇ってきた。 婦長は目の前の洋二と数年前の男の子を重ねていた。
婦長は突然奇声をあげた。「あの時の坊ちゃん。」 婦長の手が震えていた。洋二に対してあのような態度を取ったことが洋二の祖父の耳に入ったら自分の立場どころの話しではなかった。 松山は婦長の突然の変貌に驚いた。
洋二に対してあまりにも動揺している姿を見るのが気の毒に見えた。 結衣は自分の名前を明かす準備はできていた。婦長が学校に連絡しようがもうどうでもよかった。 カズに会えるならリスクは当然だと思っていた。「そうです。あの時の坊ちゃんです。」
洋二のおかげで形勢が逆転した。婦長はわざわざナースステーションから出てきた。 「まさかあの時の坊ちゃんがこんなに大きくなられているとは。」 「そんなことはどうでもいいです。カズはどこに行ったんですか。」 洋二は言った。
婦長はとにかく洋二の機嫌を取ろうとしていた。 松山を押しのけ洋二の手を婦長は握った。 「カズ君はついさっき目を覚まして……。洋二君、本当運がいいわ。今日洋二君が病院に来たから、カズ君が目を覚ましたのかもしれないわ。」 松山と結衣は婦長の見えないところで舌を出した。「知ってますよそんな事、それでカズはどこに。」 洋二はにっこり笑った。 婦長は慌てて洋二にカズのいる病棟を教えた。 「坊ちゃん、本当にこの子と友達なんですか。」
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