愛してない、
ただ、君の笑顔の理由になりたかった
 駆け回る時計の針を眺め、思わず溜め息を吐いた。あと数分もすれば日付が変わる。すっかり冷めてしまったオムライスの上にケチャップで書かれた、不格好なハートマークが蛍光灯の光を柔く反射している。ここ最近ずっと外食やコンビニ弁当ばかりに頼っていたため久々に作った料理は、予想以上に手間取った。けど、予想以上に成功した。オムライスは玲斗の好物だから。

――それなのに、今夜に限ってこんなにも帰りが遅いとは。そう言う事は先に言っとけよ馬鹿、あーもう、うぜえ。

 本日何度目かの溜め息を吐き出した後、両手を頭上へ持ち上げぐぐーっと伸びをした。ところどころにコーヒーを零した跡の残るくすんだ灰色のソファーに体を沈め、ゆっくりとまぶたを下ろす。玲斗の帰りを待ち直接嫌味の一つか二つでも言ってやろうと思っていたけれど、その前に睡魔に負けてしまいそうだ。

 全身にしつこくへばり付く眠気と疲労が、曖昧になってきた思考にずっしりと容赦なく重みを加えていく。うとうとと微睡み霞んでいく意識。それを完全に手放すと同時に、私はストンと夢の中へ落ちた。




――血にまみれた左手首をだらりと垂らし、虚ろな瞳を宙に放る少年。自分の瞳に映るその光景が信じられなかった。心配とか不安とか、そう言う感情が芽生える暇さえ無い。ただ感じたのは脳味噌をぐらぐらと揺さぶる衝撃と、名前の知らない痛み。
 思わず駆け寄り震える華奢な体を抱き締めてやれば、彼は今にも消えてしまいそうな声で言葉を紡いだ。私と同じ顔をした少年の表情が、悲痛に歪む。
 僕を捨てないでお願いだから傍に居て僕だけの傍に居て僕だけを見ていてお願いだからお願いだから僕を一人にしないで僕には玲奈しか居ないよ、ねえ、お願いだから僕を置いていかないで!






< 4 / 6 >

この作品をシェア

pagetop