ぼくたちは一生懸命な恋をしている
私が初めて「秋山」と呼んだとき、彼は眉をひそめて「遠野は可愛くないね」と言った。恋人がいる彼の立場を考えて一線を引いたのに、何が気に食わなかったのだろう。それからというもの、顔を合わせればケンカになって、「可愛くない」と突き放されるのが習慣になってしまった。

それでも、私はまだ信じていた。「円香ちゃん」と呼んで慕ってくれていた隼くんのことを。信じていれば、必ずもとの幼馴染みに戻れると。

望みが打ち砕かれたのは、中学二年生の秋。学校の女子トイレで偶然、会話を耳にした。

「今月、生理が遅れてるんだよね」

「え、ヤバくない?ゴムしてなかったの?」

「してるよー。秋山君は、そのへんちゃんとしてるから」

よく分からなかった。私は同年代の子に比べてあまりに無知だったらしい。ただ、手の震えが止まらないくらいには感じ取った。吐き気をもよおすほどの嫌悪とか、立っていられないほどの絶望とか。

男女が付き合うということがどういうことなのか、おそるおそる調べて正しく理解したとき、自分が惨めでやりきれなかった。学校では教えてくれなかった生々しいその行為は、恥ずかしくて、気持ち悪くて、そんなの絶対にできないと思った――本当に好きな人とじゃなければ。無意識のうちに、私は彼にすべて捧げることを望んでいた。

でも、望みはかなわない。さんざん浴びせられてきた「可愛くない」の、本当の意味が分かってしまった。私の好きな人は、私の知らないところで、私の知らない人と、私の知らないことをしていた。
私は、選ばれなかったのだ。


これ以上傷ついたら息が止まってしまうかもしれない。いつも思う。恐くてしかたない。それなのに、どんなに傷ついても息は止まってくれないし、私は秋山隼という人間を断ち切ることができない。距離を取りたいのに、何かしら理由をつけて関わろうとしてしまう。同じ高校まで追いかけてきてしまって、今だって、クラスメイトを護りたいって正義感にかこつけて会話ができるのを心のどこかで喜んでいる。罵倒されてでも、その目に映してもらえる限り追いかけたいと思ってしまっている。

きっと、ずいぶん前から私は正常な判断力を失っている。まともだったら、こんなに傷ついてもまだ思い続けられるはずがない。
諦めたい。楽になりたい。それと同じくらい、好きで好きでどうしようもない。
こんな毎日が、あとどれくらい続いていくのだろう。
私の心は、いつまで耐えていられるのだろう。
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