ぼくたちは一生懸命な恋をしている
最近、かなでの様子がおかしい。
ご飯を一回しかおかわりしないの。いままで三回はしてたのに。かなでに食欲がないなんてはじめて。風邪を引いて三十九度の熱を出したときだって、二合分のおかゆをゴクゴク飲んだあと「動物性タンパク質をくれ」って泣いてたくらいなのに。
それに、勉強を教えてくれてるとき、考え事をしてるみたいで、ときどき質問を聞き返してくることがある。体調が悪いのか聞いても大丈夫って言うくせに、ため息ばかりついてる。

どうしちゃったんだろう。病気じゃないとは思うけど、ぜったいに変だ。
丈司お兄ちゃんにも頼まれたんだし、私がしっかりしないと。決意して、かなでの部屋をノックした。「んー」と気のない返事が聞こえたから、そっとドアを開ける。

かなでの部屋は白と黒で統一されててかっこいい。実家にいるときは、インテリアに興味があるなんて想像もできないくらい、かなでの部屋には何もなかった。きっとお仕事が忙しくて自分のことに構っていられなかったんだ。今は好きなことに時間を使えるようになって充実してるんだな、よかったな、って思ってたのに。
ベッドに寝そべって雑誌を読んでるかなでは、やっぱりどこか浮かない顔をしてる。

「……元気?」

「……元気だよ」

答えたそばから大きなため息。

「元気なら、そんなため息つかないでしょ」

ベッドのそばに座ってじっと見つめると、かなではチラッと私を見て、またため息をついた。

「心配しなくていいって。体は元気なんだ」

体は元気なら、心の元気がないってこと?もしかして、駿河くんが言ってた悩み事のせい?心配だよ。かなではなんでもできて、いつも自由で、つらいことなんてひとつもないと思ってた。頭のいいかなでの考えることを、私はいくらがんばってもわかってあげられない。

ひときわ大きなため息をついて、かなでがむくっと起き上がった。
じとっとにらまれて後ずさる。なにか言いたそうな気配。緊張して待つ私から視線をそらしたかなでは、すねたように小さな声で言った。

「……好きな人ができた」

いつもはスベスベの白いほっぺたが、だんだん赤くなっていく。つられて私も顔が熱くなってきた。

「なんであいりが赤くなんだよ!」

「だって、だって……!」

信じられない。
ドラマで共演した同い年の可愛い女優さんが、うちまで告白をしにやってきたときだって、申し訳なさそうに断ったあと「めんどくせー」ってうんざりしてた。女の子と遊ぶよりゲームしてるほうが楽しいって言ってた。
あの、かなでが、恋をしたなんて!

「どんな人?」

「うるせー」

「ねぇ、どんな人?」

「……すげー美人」

「ひぇぇ!」

「だから、お前が照れんなって!」

だって、かなでの顔、ほんとに恋をしてる顔なんだもん。家族だからよけいに照れちゃうよ。
二人で熱くなった顔を手であおぐ。

「なんかさ。その人のことばっか考えちまうんだ」

「うん」

「考えてたら、それだけで腹いっぱいになるっていうか」

「うん」

「だからオレのことは気にすんな」

「うん」

「……クソッ、そのにやけた顔すげー腹立つ!」

いくら怒っても今のかなでは可愛くしか見えない。
よかった。元気なら、それだけでいいの。安心したけど、今度はドキドキが止まらないよ。そうだ、今日の空想日記は、かなでが運命のお姫様を見つけて幸せになるお話にしよう。
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